狩野永徳

狩野派と呼ばれる日本絵画史上最大の画派の代表的画人「狩野永徳」について詳しくみていきましょう。
狩野派は室町~江戸時代末期まで続いた日本画の派閥ですが、その中にあって最も著名なのが永徳です。生没年は1543~1590年と伝承されていますので、活躍の中心は安土桃山時代ということになります。

狩野派の棟梁として、織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕え、安土城、聚楽第、大坂城などの障壁画を制作したことで知られています。永徳の代表的な事績は建物とともに滅びてしまったものが多く、真筆とされる現存作品は多くありません。

現存する代表作は、京都市・「聚光院の聚光院障壁画」(国宝)、上杉博物館の「洛中洛外図」(国宝)、宮内庁三の丸尚蔵館の「唐獅子図屏風」などが有名です。

現存しない作品で主なものには、「安土城障壁画」(1576年)、「大坂城障壁画」(1585年)、聚楽第障壁画(1587年)があります。

このように狩野永徳は多作でも知られるのですが、47歳の若さで亡くなったのは現代で言うところの「過労死」ではなかったかと言われているほどに、作品の制作に追われていたそうです。確かに、織田信長や豊臣秀吉に作品を依頼されて断るというのは難しかったのかもしれませんね。時の天下人ですから、要望も強引だったかもしれませんし、注文も多そうな気が・・・。

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