彼は言わずと知れた、『フランダースの犬』のネロの勇者様だ。
赤い色がうまく出なかった為、ルーベンスが自分の血を混ぜたというこの2枚の巨大な絵は、一枚はキリストを打ち付けた十字架を立てる瞬間を描き、もう一枚はそこから降ろしている途中の劇的瞬間を描いており、その圧倒的迫力は絵の前に立つ者全員を無口にさせた。
ネロがずっと観ることが出来ず苦い涙を飲み続け、ついに最終回でその目で観た後、あの世への片道切符となったこの2枚の絵。
私も幼い頃は涙を流して眺めていた。
「私が残念に思うのは、やっと何でも上手く表現出来そうになったなぁ、と思うときに死なねばならぬことだ」
とはミケランジェロ89歳の臨終の言葉です。
超美形のダ・ビンチやラファエロと違って、彼は自分の容姿の醜さに深いコンプレックスを抱いていた為、その反動から美に対する憧憬が非常に激しかったと云われている。
彼が生きていた頃、ローマは発掘ブーム真っただ中で、彼は続々と発見される彫刻遺跡の修復責任者でした。
しかし千年前の素晴らしい彫刻を前に、「ここまで美しい作品は私の手に負えない」と彼は発掘現場からしょっちゅう逃げ出していたという。
システィーナ礼拝堂の壁画群に描かれた人間の数は400人と云われている。
当初は弟子と共に5人で取り組んでいたが、短気かつ完全主義者の彼は「違う、そこはそうじゃない!もうええ、ワシが描く、お前ら家に帰れ!」と爆発、結局一人で土を練って絵の具を溶き、マル4年の歳月をかけて描き上げたと伝えられている。
完成後「誰が何と言おうと、も~天井画は御免だ」と嘆く彼の背骨は変形し、落ちて来た絵の具の雫の為に失明寸前だったらしい。
そして忘れてはならないのが数々の彫刻作品です。
マリア様の衣のひだなど、その作品の柔らかさ、あれは絶対に石で出来ているとは思えない。
無宗教の僕も彼の作品の前に立つと、さすがに神は実在しないと言い切る自信が失せてしまう程です。
総作品数、2045点にも及ぶ。
光というつかみ所のないモノを、見事にキャンバスの中に閉じこめることが出来た奇跡の画家としても有名。
モネ以前は“雪は白く、影は黒い”とされていたが、モネが「私は影や雪に様々な色が含まれていることを発見した」と語るように、この印象派の旗手は美術界に色の革命を起こした。
たかが一個の積みわらに、一体何色の色がちりばめられていることか。
対象物を輪郭線で囲むのではなく、線を使わず色の塊として表現する…当時の画壇は本当に目からウロコだったであろう。
睡蓮にしろ大聖堂にしろ、日射しが違うだけであれだけ同じモノを描き続ける執念に脱帽した。
“ノートの落書きすら名画”といわれるほど、そのデッサン力の素晴らしさは他に例を見ないだろう。
絵のうまさは他の素晴らしい画家と比べても群を抜いている。
それにしてもつくづくモナリザは不思議な絵だと思う。
写真がなかったあの時代、生きた証となる肖像画では、どこの誰が描かれているのか分かるように、人物は家紋の入った服を着たり特徴的なアクセサリーを身につけるものだが、ダ・ビンチは彼女に指輪、イヤリングなど全て外させ、服なんかアピール度ゼロの黒生地だし、わざと身元不明にさせてるとしか思えない。
彼女の顔は片方が微笑んでいるのに一方は悲しんでいるし、背景に至っては左右の地平線がずれていて景色も全然違うことになっている。
これはどういうことなのかゴッホしか知ることができない。
ゴッホの言葉のこのような言葉がある。
「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」
点火、爆発、炎上、沈没といった印象の強いゴッホ。
キリスト教の伝道師を経た後の27歳から37歳までわずか10年の彼の絵画人生は、耳切り事件やピストル自殺など、古今東西の芸術家の中で屈指の波乱に満ちたものになった。
「絵画は狂気に対する避雷針だ」という彼の絵は痛々しいまでの誠実さに満ちています。
彼が描いたのは貧農ばかりで、“ピアノを弾く御令嬢”なんて絵は一枚もないことがわかる。
「伝道師として挫折した私は絵画を通じて、救い、救われたかった」、そういうことになるだろう。
結果、彼の生涯で売れた絵はたった一枚だけ、それも友達の妹が買ってくれたものだった。
収入のない彼を支えたのは弟のテオ。
テオは兄の絵の最大の理解者で「兄さんにお金を送ることは自分に送っていることと同じなんだ」と貧しさを訴える妻に弁明していた。
絵に魂を奪われたゴッホを周囲の住民は怖がり、住民投票で彼を精神病院に入れるべきだという決議がなされ、彼は病院に行くことになる。
彼はさらにその中でも描き続けた。
光と影の魔術師、魂の画家レンブラントです。
金色の光に照らされて闇の奧から浮かび上がる人物たちは、聖者も妻も商人も誰もが神聖かつ崇高な空気で包まれています。
その生涯において、最初の妻に先立たれ、息子夫婦にも、そして2人目の妻にも先立たれた上に、裁判所から破産宣告を突きつけられ全ての絵を競売用に没収されたレンブラントです。
晩年の彼が描いた何枚もの自画像には、いつまでも続く激痛にとうとう慣れてしまった、いわば“達観”した静かな目がそこに描かれている。
凄惨な体験が逆にもたらした穏やかなその目は、一度見ればけっして忘れることが出来ないだろう。
400年も昔に、しかも遠くオランダの地に生きていた彼のことなど、絵がなければ当然僕が知るよしもないです。
だが絵を見た瞬間彼の存在感がハートをわしづかみにし、どんなに孤独な状況下でも“僕にはレンブラントがいるじゃん”と一気にに救われるこの現実に絵画の奇跡を見た気がした。